« 2011年2月 | トップページ | 2011年5月 »

東日本震災について報告 その二 七福丸との出会い

毎日ほとんど付けっぱなしのテレビ

Imgp0104

刻々と津波情報が流れ 深刻な映像が

写しだされて 毎日心がやみます

毎朝キタさんが来て 東北方面の方々と

少しずつ連絡がつき その度に3人して

喜び合い そして釣りの事を語ります

実はこの時期は 深海釣り そうメヌケ釣りの

Dsc_0972

絶好の時期なので 行きたいのですが

私たちが何時も行っているところは

新ひだか町静内で 4月中旬まで

自衛隊の演習が有り 釣りが出来ません

幸福丸太田船長の紹介で 別なところで

Dsc_0991

メヌケ釣りをしている方を教えてもらいました

私も幸福丸で一度お目に掛かった事がありまして

私が大艫で釣りをしていると ミヨシの方が

私と同じ色の竿 ?と見に行くと

同じアリゲーター竿でした

Dsc_0030

そのときは挨拶程度でしたがこの方は

十勝川温泉 笹井ホテルの藤田さんで

私たちよりまだすごい「ハマちゃん」

つまり 「釣りバカ」です

藤田さんの紹介で3月20日に様似から

Imgp0066

船を出しましたが 時化のため残念ながら

釣り中止 キタさん、凪男さん、藤田さん、私とで

帰り道 ラーメンを食べながら

この後の一緒の釣行を誓い合いました

この日初めて会ったのにこの親密さですよね

Imgp0078

さて22か23日だったと思いますが

キタさんから連絡が入り

キタさんの弟分 大船渡漁協所属の

「第28七福丸」富崎勝美さんが被災した

Imgp0079

漁具や船具を預ける場所を探している

何とかキタさんが 場所を確保して船で

運んで来るとのことでした

最初は自分たちで帰りに何か持たせようと

冷凍庫の中身を確認したり

Imgp0080

(冷凍庫が3台ほど有り釣った魚が

たくさん眠っています)

凪男さんが 冷凍イカ木箱で2ケース

キタさんも冷凍庫をさらい

さらに 富崎さんから聞き 米、味噌、醤油

Imgp0083

調味料などを調達 船が着いた朝に

持って行こうとしましたが

キタさんからの連絡で 船から荷物を

下ろすだけで 3-4日掛かるとのこと

それでは 他の方法で支援物資を集めようと

キタさんは 水産関係を廻り支援を募り

Imgp0084

凪男さんは 市役所そして報道関係にアポ

市役所の方は個人の支援は出来ないとのこと

報道関係では 道新さんとFMくしろさんが

取材するとのことで 当日夕方5時より

富崎船長の取材  なぜかしら私が集荷場所

にもなっておりましたので 代表幹事

Imgp0087

よく 「乗りかかった船だから・・・・」

という言葉はありますが

私たちは 船釣り大好き人間

船釣りでは 乗ってしまった船は終わるまで

下りられません GEをしながらでも

最後までやりませんと楽しくないですよね

FMくしろさんは5時半から生放送それも

聞いたのが数分前・・・・・・船長も私も

Imgp0089

目がまん丸! マイクを向けられるたびに

後ずさり それをマイクが追ってくるの

繰り返しでなんとか こなしました

翌日に道新に記事が載り 電話が鳴りっぱなし

聞かれるのは 衣類は新品でなきゃ駄目ですか

とか 道が集めている以外でも良いですか

Imgp0090

船長から聞いていたのは な~んも無い

特に必要なのは 食料、水 粉ミルク

衣類 女性用生理用品等でした

電話の方に 衣類は洗濯をしていただければ

それでよいです 後は出来れば段ボールに

入れ わかるようにマジックで書いてくれれば

Imgp0091

ありがたいとお願いしました

持ってきていただいた物資を 種類別に

分け 段ボールに詰めるのはキタさんが

得意本当にきれい好きで 片付け上手

それに比べ 私はがさつ 手伝いにも

なりません 私は電話番と凪男さんと人との

Imgp0093

応対と自然と分業化 

船に積み込み時は 多くの人に協力してもらい

積み込み4月4日に一回目の出港を

見届けました

次の入港時期はわかりませんでしたが

前回より少なかったら 恥ずかしいなと

Imgp0095

思いましたが それも奇遇でしたね

出港を報道されてから 支援物資が

数多く寄せられましたし

キタさんがあちこちに支援依頼

その中に 先日会ったばかりの藤田さん

事情を話すと 快くわかってくれ十勝川

Imgp0097

笹井ホテルの皆様方の善意を集めてくれ

車一杯の荷物を届けてくれました

当然このことを知った船釣り仲間も

物資を届けてくれ感謝

遠くからは 根室の方が最初は送るとのことでしたが

荷物が多く 持ってきた方が早いと

Imgp0098

娘さんと2人で運んでくれ 感謝です

みなさん 一度ならず何回も物資を集めてくれ

届けてくれます

詰め込む段ボールが足りないとわかると

知り合いから大量の段ボールを集めてくださった

方や ほうとうに皆さんに感謝です

一番印象に残った方は ご夫婦で

支援物資を持っていてくれた方

この方の奥さんは 車椅子で来てくださり

話を聞くと 以前港で釣りをしていると

近くに係船していた サンマ漁船のかたが

秋刀魚をくださり 感激したとのこと

支援物資は21日に締め切り

22日 私は協力会社の総会でウトロに行き

23日昼に戻り 工場で整理をしていましたら

最後に再度先ほどの方が物資を持ってきてくれ

大感激でした

話す内に 涙が止まらなくなり困りました

今回の七福丸の支援物資協力で

本当にいろんな事を感じました

心からの ありがとうの感謝の気持ち

そして数々の方々の今回の震災にたいする

思い そして悲しみ

逆のほうでは

リサイクルショップからの電話で

衣類があるけどでしょうか 途の問い合わせ

こちらは洗濯をしてもらい 心がこもっていれば

宜しいですよと答えましたが

いらなくなった物の処分とこちらは感じました

結局品物は 来ませんでしたけどね

後は 以前 七福丸に沖詰秋刀魚や物資を

貰ったり運んで貰った方々が 今回も

全くの連絡無し!

あれだけ七福丸に世話になっておきながら

シカトかよ  腹立たしい

彼らもFMくしろを使って 自分たちの

宣伝は良いのですが 釧路の船釣り全体の

事を考えてほしいですね

あとはあれほど忠告したのに

一隻の釣り船の宣伝に乗ってしまった

FMくしろさんも 少し考えたほうが

良かったのでは

今回いろんな報道関係の方々と関わりました

道新、FMくしろ、UHB、NHK、STV、BS日テレ等です

まず報道機関の方からの最初の質問は

「七福丸 富崎さんとの関係」でした

当然利害関係があるのは駄目であるらしく

この説明に最初の多くの時間が掛かりました

お互いの共通の友人「キタさん」を通じ

知り合い こちらが船釣りで釣った魚を

クーラーごと船に持って行き渡し

帰りのクーラーには秋刀魚が満載

こんな関係です

普通こんなのは無いですよね

これを書いている今 キタさんから

電話があり

七福丸が昨日大船渡に無事着き

くれぐれも皆さんにありがとうございました

と伝えてくださいとの事でした

現在(23日11時)大雨が降っており

荷下ろしが出来ませんが 雨がやみ次第

荷揚げするそうです

以上 今回の震災にでくあった

私の思いでした

これからは又以前の釣りブログを書きたいですね

| | コメント (3)

東日本地震について報告  その一

3月11日 東日本震災に遭われた方には

心からお悔やみ申し上げます

ここで私が今回の地震に遭ったことを報告

いたします

地震当日 入院している母親に面会に行き

病院に入った直後でして ロビーに入ると大騒ぎ

えっと立ち止まると 揺れています

テレビのあるホールに行くと 病院の人たちが

騒いでいます

誰かがネットで震度を調べると 震度7・・・

マグニチュード7の間違いではと聞き直すと

確かに震度7 釧路も地震が多いので震度5位では

あまり気になりませんが 震度7とは・・・・・

その内にテレビでは 津波の映像

家が流されている映像

これはショックでしたね

病院での用事を済まし 近くのショッピングセンターで

買い物をしていても 余震でエスカレーターの

横に店員が立ち 注意喚起をしています

駐車場に戻るとすぐに 妻から電話があり

津波が来るから早く帰って来てとの事

戻る途中の新川の橋から間口を見ると白波が

立っていて ビックリ

MOOの前を通ると 丁度 

「釣まさ丸」から「よしまる」に名前を変えた

船が岸壁から離れるのが見えましたが

次が見えてこない・・・

おかしいなと思いながらも 自分の工場の

上にある 米町公園に行くと

港全体がみえ 避難する漁船も見えますが

「よしまる」が見えない

おかしいと思い岸壁に行きましたら

対岸に係留されていました

ここまでの行動で私はたくさんのまちがいを

しています

実は自宅が釧路川のすぐそば 町内会でも

津波にたいする 避難訓練も他の町内会より

ずーと多く行っていますが忘れていました

津波が来ている最中に 川に様子を見に行ったり

今考えると とんでもない行動をしていますね

まずは「よしまる」が気になり

対岸に車を走らせますが 幣舞橋は通行止め

おまわりさんに聞くと貝塚橋まで駄目とのこと

対岸に行くまで 40-50分掛かりましたが

何とかたどり着き 船に行きますと

上部がえぐり取られています

作業していた 吉岡君(ヨッシーさん)前船長の

平澤さんに声をかけ搬出のお手伝い

あとからキタさんも駆けつけ協力です

船が係船している場所は新しく作った

12M岸壁 ここは大型客船が係留するよう

作られたため ここに止めていても

津波のため 船が転覆する可能性があり

相談の結果 何時も係留している

岸壁に戻すことになり

外したレーダーや計器を車に積み

対岸に50分かけ移動 港に行こうとしましたが

津波のため道路が冠水したため

長靴を取りに工場に戻り キタさんと

港に行くともう船は先に係船されていました

知り合いのボート仲間が手伝ってくれたようです

川につながれた「よしまる」から物を外したり

いろんな作業をしていますが 津波は何回も

川を往復していまして 下がったときは

船が岸壁よりも下がり全く見えなくなる位下がり

上がるときは海水が岸壁を乗り越え

陸に上がってきます

そのたびに避難 それを夜の8時過ぎまで

行っていましたが その間家族からの電話で

怒られ続けていました

作業も一段落し 避難場所に行く途中

自宅を見に行きましたが 自宅前はすこし

道路が高く サーと海水が来た状態

他の低いところは 海水が20センチほど

溜まっていましたけど・・・・・・・

ま~大丈夫と思い 家族が避難している妻の実家に

行き晩ご飯を食べ 大丈夫だから家に帰ろう

と 決め戻りましたが これも駄目ですね

家に着き廻りの家を見ると 全員避難していまして

家の電気がついているのは 数軒だけ

外の様子を見ながらしていますと

11時半過ぎに一番大きな津波が来て

家の前が見る見る間に 川になりまして

冷凍庫やドラム缶、幾多の物が音もなく

流れていきます

後からはかったところ車道から50センチ位

津波が来ていました

自分の家は 建てるときに津波を想定し

普通より60-70センチ上に上げて作りましたので

助かりましたが 同じ町内会の家では

床上浸水が多くありたいへんです

朝5時過ぎに 船を見に港に行くと

上流の貯木場から丸太が流れてきて

釧路川を上がったり下がったりしています

以前の津波の時も同じ光景を見ていますが

以前とは全く早さが違います

夜通しテレビを見ていましたが東北地方の

状況はすごく心も痛みます

午前中にキタさんと電話で話しましたが

以前書きましたが キタさんは大型サンマ船の

船頭さん 知り合いが東北方面に多くいて

夜通しあちこちに電話をしましたが通じず

その後数日間電話をかけまくりようやく

わかりましたが 無くなった方も多くいて

大変悔しがって下りました

又 彼も被災しており今年乗る予定の船も

最初見つからなく 燃えたか沈没したか

はたまた沖に流されて無くなったかわかりませんでしたが

後から 陸に乗り上げて発見されました

船は傷んでいないようですが 大型船舶で

有るため 陸から海に戻すまで多額の金額が

掛かるため まだどうなるかわかりません

1週間ほど前に 修理をするため上架していた

「よしまる」に行きヨッシーと話しましたが

修理は順調で何とか直る様子

修理し終わり出せるようになったら

乗る約束をして帰って来ましたが ヨッシーには

何とかがんばってくれて 釧路の船釣りを

広げてくれたら良いと思います

ヨッシーさんの船を紹介いたします

船名 よしまる

船長 吉岡 義宏

電話 090-9082-1479

係船場所 釧路フィッシャーマンズワーフMOO対岸

これから始めますので 宜しくお願いいたします

以上 東日本大震災 前編  

| | コメント (1)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年5月 »